福祉の原点

2013.06.30 11:55|特集
皆さん,こんにちは。


相変わらず、暑い日が続いていますが、体調はいかがでしょうか?

今年は去年にも比べ気候がジェットコースターのように変動が激しいので高齢者で亡くなられる方が多いのではないかと危惧しております。

ここ近年の異常気象は明らかに気球温暖化が影響しているのかもしれません。

皆さんも、厚さに体調が慣れていないと思いますので体調管理には十分注意してくださいね。




それでは今回も、本題に入りましょう。

今回は久しぶりにトトロがブログを進めていきます。


今回は、「福祉の原点」と題し、トトロが高齢者福祉に飛び込んだ理由を通して、また福祉従事者の心得を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。


普通、福祉にかかわりを持つ人は福祉系の大学を卒業している方が多いと思いますが、トトロの場合は違います


まず大学は工業化学系(ばけがく)専攻でした。それは父親が繊維会社に勤めていたからです。

父親は新しい繊維を開発する研究者でした。母から聞いた話ですが、トトロが幼いころは海外にもよく出張していたそうです。当然、なにかしら、研究者になって後を継いでほしい・・という親の意向です。

昭和四十年代前半に生まれた方の多くは、ご存知かと思いますが、高度経済成長という、景気がどんどんよくなった時代があって、働いた分だけ豊かになる時代がありました。

なので、親の多くが「子供を良い学校に入れ、一流企業に就職させ、将来は二世帯住宅で暮らす」のがいわば当然の「常識」だったのです。
皆さんは、三千万神話をご存知でしょうか?当時は晩年まで三千万貯めておけば、利息と年金で生活が送れるというセオリーがまかりとおっていたのです。(ちなみにその頃の利率は7~8%)

トトロも同じく、世間の常識通り、親に敷かれたレールをそのまま進んでいたという感じでした。


大学終了後、続けて大学院に進み、工業化学系の修士号を取得しました。

その後、自分は化学の世界に向いていないのではないか・・本当にしたいことはなんだろう・・。
親の意向と自分の価値観のずれを感じ始め、悩んだ末、研究の道ではなく、大手学習塾の個別指導講師(中学、高校)になりました。

その時、両親の猛反対にあいましたが、反対されるほど、自分の道は自分で探す、という信念が心の奥にしっかり固まっていったのです。

初めて、ここで自分の望む道を選択したわけです。

講師の仕事は充実したものでした。よい仲間、恩師といえる塾長との出会い、慕ってくれていた生徒たち・・
現在の仕事をするうえでのベースは講師の経験が大きいと思います。

その後、13年前に転職し、高齢者福祉の世界に進むことになります。



福祉業界に飛び込んだ理由は、母の死が原因でした。
実は、母が亡くなることが分かった時、当時勤めていた学習塾の塾長(上司)からある本を渡されたのです。


その本には、次のことが書かれていました。

・目の前で起こることにはすべて意味がある、将来、自分が置かれている境遇をよくするため、絶対に通らなければならない道なのだ。

・高齢者、障害者と言われているいわゆる社会的弱者は華麗なるチャレンジャーで尊敬すべき人物である。




考えてみれば、トトロは、小さいころから身体的理由からいつもいじめられ一人ぼっちでした。
また大学を卒業してからも、ぞんざいな扱いを受けてきました。
そこで社会の汚さも嫌と言うほど味わってきました。

しかし、その扱いを受けてきたことで、高齢者、障害者の方に尊敬の念を持って接することができるようになったのです。

まさに”目の前に起こることにはすべて意味がある”が当てはまるわけなのです。


トトロの母親が亡くなることがなかったら、上司から本をもらうことがなかったら、高齢者、障害者の方に尊敬の念を持って接することもなく、福祉の世界に飛び込むことはなかったでしょう。




ところで、トトロは社会福祉士という国家資格を持っています。

資格取得の際に、実習があり知的障害者施設の利用者と接することがありました。
いつも女の子が「先生、散歩に行こう」と誘うのです。(その女の子はダウン症で声が出せません)

なんで、いつも誘ってくれるのかと他の利用者に聞いたところ

「声がしゃべれない分だけ、人の心をくみ取るのがうまい、先生は純粋な心を持っているから、その女の子はいつも誘ってくるんだ」と話してくれました。

この言葉を聞いた時ほど、福祉の世界に飛び込んでよかったと思うことはありません。

今は、悩み、傷つきながらも、めぐりめぐって福祉の世界に飛び込んで本当に良かったと思っています。




さてここで福祉に携わる方の心がまえと言うものに話をうつしていきましょう。




福祉の業界は、いい印象を世間には与えていますが、実際はいわゆる「3K 」の世界ですね。

どうにもならない壁にぶち当たることも何度も経験されている方は多いと思います。

福祉にかかわる者は他人に対する思いやりが大切だ とよく言われますが

「お前は思いやりが足りないからダメなんだ!」

こういう風に叱咤ばかりされて、自分のスタンスが分からなくなる時があるかと思います。

福祉に携わる方は、まず、今までの人生体験を顧みてはどうでしょうか。
そして、何故、このような体験が起こったのかを考えてみてほしいのです。

そこから自分が福祉に進もうとした原点が見えてくると思います。

そして自然と心得と言うものが見えてくるのではないでしょうか。

原点をみつめる

これが、壁を乗り越える一番の特効薬だと思います。





* トトロの仕事部屋では10月から福岡市近郊で高齢者福祉に役立つセミナーを開催予定にしています。
  7月から、セミナー参加者を募集しますので、興味のある方は、募集ページをご覧ください。
  募集ページは次回、ブログの更新時に公開する予定です。



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これからの介護に備えて

2013.06.23 11:49|特集
皆さん、こんにちは



先週は台風が去ったら気温が平常に戻った気がしませんか。

全く、このところの気候はどうなっているのでしょうか。


ところで昨日、トトロ一家はアジサイを見てきました。

もう季節的には外れていましたがそれなりにきれいでしたよ。

デジカメでいっぱい撮ってきました。


それでは今回も介護について考えていきたいと思います。

今回もあすかがお届けします。



認知症と向き合うとき

笑う             藤川幸之助



あなたは笑っていた

本当は可笑しくも何ともなかったのに

まわりが笑うと

あなたも一緒に笑っていた

本当は面白くも何ともなかったのに

話の内容なんて全く分からなかったのに

あなたは笑っていた

本当は泣きたかったのに

初めて紙おむつをはめた日

あなたは声を出して笑っていた

本当は恥ずかしくてしょうがなかったのに

紙おむつをはめている

自分が情けなくてしょうがなかったのに

あなたは笑われていた

「あの馬鹿が歩きよる」

と通りすがりの人に指差されて

あなたは意味も分からず大声で笑っていた

「馬鹿から生まれたんだもの 俺は小馬鹿だな」

馬鹿と小馬鹿で大声を出して笑った

あなたは笑っている

写真の中で父に肩を抱かれて

とっても幸せそうに

あなたは父と一緒に笑っている

愛してくれる人が私にはいるんですよ

認知症もいいものですよと

父の隣で父を見上げながら笑っている

(けあサポブログ連載2009~2010より)


ひと昔になるでしょうか。「明日の記憶」という映画を見たことがあります。


若年性アルツハイマーに侵された主人公と支えつづける妻、家族のお話です。

メガホンをとった監督さんは、映画ができるとまっさきに「認知症の方とその家族」に試写会をおこなったそうです。

もし、そこで異論が出るようなら世に出すのをやめるつもりだと言われていました。
ご家族や本人からは異論が出ず、世間に公開したのですが世の「主婦」といわれる方々が、

「そんな出来た妻がいるのか?」
「美化している」
「ありえない絵空事だ。あんな妻は理想だけ」

そういう思わぬ反響に私はちょっとびっくりしてしまいました。


あくまでも個人の意見であり、どうこう言うつもりはないけれど確かに映画の奥さんは「よくできた人」なのはまちがいないです。
しかし逆にいえば、できた人だから、最後まで支え続けることができるのだ。そう個人的には思っています。

というのは、若年性パーキンソン病を二十代で発症した女性がいて、恋人も当時はいて、別れを女性は切り出しましたが、一生支え続けると彼の決意は固く、ふたりは結婚をします。


ほどなく子供も授かりました。しかし病気の進行は思ったより早く、女性は寝たきりになってしまいました。
夫である彼は、結局離婚を切り出し、親権も父親の彼にわたってしまうという、現実、実例を知っているからです。

「笑う」詩を書いた藤川先生のお父様も、自分も心臓病を背負っていながら、崩れていく奥さま(お母様)を自分が亡くなるまで優しく寄り添い支え続けられた方だといいます。

藤川先生は母さんはあんな状態なのに、よくお父さんはできるものだ、と思っていたとか。



これから高齢化社会がすすみ、「介護」をつきつけられる家族も多くなると思います。

介護がはたしてできるか。ある年齢になったら親も高齢になるわけで、そのとき、にそなえて、あらかじめ家族で話し合っていてほしいと思います。

「一升瓶の中には一升しか入らない」のたとえどおり、人には限界があります。

自分たちでなんとかできたらいちばんいいのですが、「一升以上あふれるような場合」には施設利用もありえるでしょう。(ちなみに「明日の記憶」の主人公も最後は施設に入ります)



これから介護の質を高めていくことと、介護の形の多様性、が必要だといえると思います。



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幸せのカタチ

2013.06.16 09:57|あすかの小部屋
皆さん、おはようございます。


毎日暑い日が続いていますが体調は大丈夫でしょうか。

大阪では連日35度以上の猛暑だとか。
まだ6月と言うのに本当に今年の気候はおかしいですね。


福岡でも熱中症で連日病院搬送される人が続出しています。
室内にいても外気の気温が「27~29℃」くらいだとしても注意が必要です。
まだ体が暑さに慣れていないためです。くれぐれも気をつけてくださいね。


それでは今回も本題に進みましょう。



以下は引用文です。

幸せのカタチ


自分のパソコンのハードディスクを「幸せ」という言葉で検索したら、とにかく多量の「幸せの詩」が見つかった。
こんなに書いていたかと驚くほどの数だ。


ずっと幸せを感じていたのであれば、私は「幸せの詩」は書かなかっただろうと思う(略)いや、幸せが何なのか分からなかったから、詩の中で「幸せ」を私は追及した。


日付を見ると、母の介護を始めてから書いたものが大部分だった。
詩という形で、介護という生活の中にどんな幸せを見つければいいか、自問自答を繰り返していた。

思い通りにならない自分の人生にもがき苦しみながらも、そこに一筋でも希望の光を見つけたかったのだ。
でも、私には、「幸せ」が何なのか長いこと分からなかった。



そんなある日、「お前の人生は不幸せだなあ」と言われた。
そういわれてもぴんとこなかった。自分の人生が不幸だと思ったことがなかったからだ。

確かに母が認知症になり、介護を引き受け、めまぐるしくいろいろな出来事が私のまわりに起こった。
確かに辛く悲しい思いもいっぱいした。幸せが何か全く分からなかった。
でも、それは不幸ではなく、私の人生そのものなのだ。(略)


認知症の母との介護の日々こそ、思い通りにならないことの連続だった。
そして一つひとつを私なりに乗り越えると、それが自分の自信になった。

重荷を背負い歩くのは骨が折れる。
しかし、精神の足腰をつよくしてくれる実感があるのだ。(略)


幸せは人生の結果ではなく、その過程にあると思うのだ。
お金持ちになることが幸せだと思っていたこともあった。偉くなることが幸せだと思っていたことがあった。
他の人にとってはそれが幸せなのかもしれない。

しかし、私にとっての幸せとは、どうもそこら辺ではなさそうなのだ。


(「まなざしかいご」)より

母が難病におかされたとき、私も「かわいそうな不幸な娘」と思われていたようです。


親切にしてくれる人も、結局は宗教の勧誘が目的だったり、心の中の悩みを母の友人に相談しても宗教の経典が結局は送られてきたり。

しかし大変でしょう?と言われても、目の前の難題を乗り越えることに必死でした。
どうこう、思う暇もなかったし、看病や介護をすることは子として当たり前のこととしか思っていませんでした。


でも今振り返ると「看病してやっている」という気持ちだったら、100%潰れていたと思うのです。


幸せのカタチは本当にひとそれぞれ。

人口が一億人だとしたら、一億通りの幸せのカタチがあるのではないでしょうか。


隣の芝生が青い、とうらやむ必要は全くないと思っています。




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統合医療について③

2013.06.09 11:12|特集
皆さん、おはようございます。

暑い日が続いていますがお変わりありませんか。

やはり温暖化のせいでしょうか、梅雨に入ったというのに今年は雨が少ない・・。
水不足が心配です。
福岡でも昔、給水制限が何度もありました。それで海水を真水にする機械を開発したほどです。

今年はそういうことがないことを願うのみです。反対に豪雨もあってほしくないですね・・
(人間は勝手なものです。)



それでは今回も本題に入りましょう。


今回も前回の続きになります。


宇宙人は三人で来る

(川)
本当は「病院にもう一回行きたいな」ではいけないのですけど、
「ああ、あの先生にもう一回会いたいな」というような状況になれば、結構名医なのかなという気がします。

僕のところは去る者は追わず、来る者は拒まずなんですけど、中には本当に困るような患者さんもいますよ(笑)



(記)
例えばどういう患者さんですか?


(川) 
ある患者さんが「宇宙人が来る」と言う。それでどんな格好をしているんですかと聞くと、
「スターウオーズに出てくるオビ=ワン・ケノービみたいな」と。
僕には見えないわけですよ。

それでうちに手伝いに来てくださる、そういうのが見える先生にお願いしたんですよ。・・
「宇宙人は何人で来るの?」と聞いているんですね。
「一人で来る」と。

「それは思い込みだ。宇宙人というのは三人で来るのが原則なんだ」と(笑)



(記)
その先生もなかなかやります(笑)



(川) 
楽しいじゃないですか。
患者さんが「え。本当ですか」っていうから、その先生があんたの宇宙人は思い込みだ!」って。



記)
宇宙人が来るのは原則三人だったのか!


(川)
なるほどと思いました。多分僕の口から言ってもダメなんです。
見えてる人からそう言ってもらえれば、「思い込みですか。分かりました」と。
ちゃんと納得して帰っていったんです。それでだいぶよくなりました。



各都道府県に一つずつ施設を

(記)
ヒーラーも医師も単独で活動しているというのが双方にとって一番不幸だと思うんですよ。・・・
逆にそのほうがいかがわしい人は儲けにならないって、他に行くんです。

そういう人たちが、「なんだ、保険点数系になっちまったか」と残念がるほうがいいのではないでしょうか。



(川)
別なところに行ってしまう気がしますよね。



(記) 
病院職員みたいにして勤めるようになったら、いかがわしい人はいなくなるのではと思います。



(川) 
僕自身は、各都道府県に一つずつ統合医療の施設がまず欲しいんです。
と、いうのは僕のところに全国各地から来てしまうので、それはすごくお気の毒だと思うんです。
核となる人間を中心として、いろいろつながりを持たせていければいいのではないか、と。

そのつもりで僕は今、統合医療をやれる医師も育てているのですが、次はそれをサポートしてくれる人たちを発掘する作業をしたいと思っています。

サポートしてくれる人というのは、有資格者だとすれば、鍼灸師さん、マッサージ師さん、整体師さん。
それから無資格の中にはアロマセラピスト、整体師やカイロプラティックの方、ヒーラーなど、患者さんにとって有能な方々がいらっしゃいます。

そういう方を発掘して、ネットワークを組んでいって日本全国に広げていけば、東京に出てきて診療をしなくても済むようになると思っているんですよ。


(記)
それは魅力的な計画ですね。



(川)
そうした施設を通して、患者さんのわがままを通すんじゃなくて、本当にその方があるべき姿になるためのサポートをしていく。
それができるのが統合医療じゃないかと思っています。

(新潮45 別冊 より、一部抜粋)




母がまだ元気だったころ、病院の治療と並行して「治療家」といわれる先生にお世話になっていたことがあります。当時は「代替医療」の存在は知りませんでした。

がんや難病などとといわれる方々の福音になるようになればいいと感じています。


今後、見守りたい分野です。




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統合医療について②

2013.06.01 11:09|特集
皆さんおはようございます。



このところ急に暑くなってきていますが、皆さん、体の調子はいかがですか?

今年は特に気候の変動が激しいですので体が暑さについていないのではないでしょうか
 

それでは今回も本題に入りましょう。
前回の続きです。


体からのメッセージ

(川) 
これは治療家全般に言えることで、ヒーラーもそうですし、民間のホメオパシーを行う方もそうですけど、例えば患者さんが「効きません」と言うと、「それはあなたが治療を拒否しているからでしょう」と言う方がいるんですよ。


(記)
それは患者さんの体そのものが治療を拒否しているという意味ですか?


(川)
つまり効果がないのは自分のせいではないという言い方をするんです。

これは非常に問題です。・・・僕は、「治せるかどうかはわかりません。多分僕は治せませんけど、あなたが治っていくのを後ろから押してあげることはできると思いますよ。

治るのはおそらく自分の力になると思いますけど」という話はいつもしています。本当にそう思っているんです。
病気にしても、具合が悪くなるということも、そうなってしまった「必然」があるんです。

病気も体の苦痛も全て体からくる何かしらのメッセージで、「気づいてよ」と体が一生懸命訴えているような気がするんですね。
それに気づいてそこを是正してあげさえすれば、おそらく病気の症状の進行は止まるか、引っ込むか、するような気がするんです。



(記) 
情報を伝えることで自分自身で判断させていくというか。



(川) 
自分で判断させていく意味は大きいですね。「そうか人間はみんな死ぬんだ」と患者さんの口からそういう言葉が出ると、表情が緩むんですよ。

「そうですね」と相槌打ってあげる。でも僕は患者さんを脅すんです。
「でも、治療すると生きちゃいますよ、いいんですね」って。



(記)
そういう逆の言い方もあるんですね。



(川) 
これ、冗談じゃなくて、本当に臨床の現場で言う事があるんです。

例えば、末期がんの方が来ますよね。「死んじゃう、死んじゃう」「何とかなるんでしょうか」と大騒ぎして言うから、「大丈夫だと思うんですけどね。
助かっちゃうと生きちゃいますよ。生きちゃってよろしいんですか」と。それで笑いがとれたらこっちのものなんですよ。(笑)



(記)
なるほど。そう言われると、なんだか「この先生、何とかしてくれそう」って思いますね。



(川) 
患者さんがなんとかなると自分で思ってくれれば、それだけで随分と違います。


(記) 
本人が頑張るということですね。


(川) 
現代医学においては、医者も自分を守らなければいけないので「ダメだ」ということを言っておかないといけないんです。
そうでないと、「助かると言ったのに、助からなかったじゃないか」と言ってくるご家族もいらっしゃるわけです。

でも、それを逆手にとってもいいと思っているんです。それと「死なない」というのは無理な話。だから「僕も死にますよ」という話はするんです。「死なないのは無理ですよ。でも、一体幾つまで生きたいんですか」と。



(記) 
先生のそのユーモア、すばらしいですね(笑)


(新潮45 別冊 より)


次回も統合医療の続きです。



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トトロ氏

Author:トトロ氏
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1968年六月生まれ
倉敷市出身、現在は福岡市在住。
妻(あすか)と娘たち(猫二匹)と暮らしています。
高齢者福祉にたずさわって十六年になります。
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