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認知症について⑩

2013.01.27 11:07|特集
皆さん、おはようござします。

年が明けて1か月が過ぎようとしていますが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
寒い日が続いていますが、体調管理には十分注意してくださいね。

それでは今回も、トトロ氏に解説してもらいましょう。



皆さん、おはようございます。トトロです。

昨日は寒かったですね。特に中越・北陸・北海道の方は吹雪で大変だったと思います。
このような寒さも、あと少しの辛抱です。

体調管理をしっかりしてこの冬を乗り切りましょう。


それでは今回も前回の続きのお話をしていきましょう。

今まで3回に分けて、認知症の内的世界についての有名文献をご紹介してきましたがいかがでしたか。
このような文献を初めて見るという方も多いのではないでしょうか。


今までの文献からわかることをまとめてみると以下のようなことが言えます。


■症状が進行しても感情機能は残る
認知症の症状が進行しても「寂しさ」「うれしさ」「喜び」「怒り」などの感情機能は傷害されず末期まで残っている。他人から怒られると、なぜ怒られているのかということは忘れても、怒られて嫌な感情だけが持続する。



■思い出せないいらだちや不安感
物事を思い出せないということは大きなストレスとなり、心は慢性的にいらだったり不快な気持ちになりやすい。特に初期の段階では自分自身の異変に気付き、強い恐怖感や不安感にさいなまれる場合が多い。認知症はわからなくなっていく過程をわかっている病気なのだ。



■喪失感から生まれる被害意識
老いるということは、これまでできていたことができなくなるという喪失体験の機会が多くなるが、認知症はそれに輪をかけて様々な能力を奪っていく。喪失体験は本人の生きる意欲を失わせたり、大きな不安や混乱を招く。
したがって、介護においてはこのような喪失体験の事前回避が非常に重要である。



■持ち続けるプライド
認知症になってもプライドは保たれている。周囲からバカにされたり、冷ややかな態度を取られたりするとご本人の自尊心は傷つけられる。
また周囲の状況がわかりにくくなっているからこそ、他人の態度や接し方に敏感になっており、不快な表情や見下したような態度を受けると感情が不安定になる。




ここでトトロが経験したことをお話ししたいと思います。


今から7,8年前、トトロはとある施設の有料老人ホームに勤めていました。
そこに、認知症(中程度)を患った女性利用者がいらっしゃいました。
彼女は、ひどい白内障にかかっており、かろうじて光が判別できる程度の視力しかありませんでした。

おまけに、徘徊が激しく四六時中「だれかおらんねェ~、だれかおらんねェ~」とさまよっていたのです。
デイサービスの時間でも常にスタッフの誰かがついていないといけないということが続きました。

今何時か。季節はいつか、また自分の孫も判別がつかないという状態です。

当時は今のような認知症の方々の気持ちなんて研究されていないものですから、他のスタッフはこの方を問題人物として見下すようになっていったのです。「早くこの施設から出て行ってくれ!」そう思っていたのではないかと思います。

あるとき、私がそばで話し相手をしてるとある瞬間「なんで、私、こんな状態になってしまったんじゃろ? あ~悲しい」その方は涙をうかべていました。この方が正気に戻ったのは、ほんの、ある一瞬です。

こういう現象が数回続いたのです。

その方は、他のスタッフにはこのような言葉を発することはなかったといいます。
トトロだけに、その方がご自分の人間性を見せておられたような気がしました。

それからというもの、その方を支援することに精神的苦痛、ストレスはすっかりなくなりました。
(体力的に消耗しましたが・・・・・)。




いかがでしたでしょうか。




今まで数回に分けて認知症の内的世界についてお話してきましたが、参考にしていただけたら幸いです。

このようなことを知っておくだけでもいざ認知症の方にかかわった時、心が楽になるのではないかと思います。



次回は久しぶりに「あすかの小部屋」です。お楽しみに。

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認知症について⑨

2013.01.20 10:52|特集
皆さん、おはようございます。

寒い日が続いていますが皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
今年も年が明けてはや、半月が過ぎました。
月日が過ぎるのは早いものです。

それでは今回もトトロ氏に解説をお願いしましょう。


皆さん、おはようございます。
寒い日が続いていますね。パソコン仕事をしていると、部屋の中が温かいにもかかわらず足が冷たくなってコタツが恋しくなります。

それでは今回も認知症について話を進めていきましょう。




前回は、認知症に関しての有名文献をご紹介しました。


皆さんは、この文献をお読みになってどんな感想をお持ちになったでしょうか。今までこういう文献を読まれていない方は涙を流された方もいるのではないでしょうか?

この文献は認知症の人の心をまさにあらわしているといえるでしょう。



●昔は楽しい日々だったの今は身体も心もボロボロになってしまった。なんで? なんで?

●本当は看護婦さんにこうしてほしいと思っているのに、それがなんで伝わらないの?

●自分がこういう状態になって悔しい、もどかしい

●なんで看護婦さんにぞんざいな扱いをされないといけないの?私は何も悪いことをしていないわ!
ただ体がいうことを聞かないだけなの、 なんでわかってくれないの?ねえ、看護婦さん答えてち
ょうだい、なんで?なんで?

●私は本当はこういう人間なの!!、こんなに訴えているのに何でわかってくれないの?

●私にだって、心はちゃんとあるの、そこをわかってちょうだい!!



女性の心の内はこういったもどかしさでいっぱいなんだということが、この文献からひしひしと伝わってきます。

認知症になっても人の心は生きているのだ、感情だけは残っているのだということが、前回の文献でお分かりいただけたでしょうか。





それでは次の文献をご紹介しましょう。
この文献は、「いつだって心はいきている」という作者不明の文献からの引用です。



「あなたへ」


お~い、誰か~

暗い闇の中、私はどこにいるのだろう

ここはどこ?今何時なの?

そこで怖い目をしてみているのは誰なの?

そんなに強く手を引かないで、私の行く道をふさがないで。



怖いよ。助けて。

どこに行けばいいの?

何をすればいいの?

私にはわからない。ここがどこで、あなたは誰なのかも・・・・・



ああ、手が温かくなってきた。

誰か私の手を握手してくれ、微笑んでいる。

私にゆっくりと優しく語りかけてくれている。

肩の力が取れ、暖かい日差しに囲まれたように

柔らかな気持ちになる。

まるで心が生き返るようだ。


あなたがそばにいると私は楽になり安心できる。

私の行く道に寄り添っているあなた。

あなたの名前も、この場所も何もかも解らなくなってしまったけど、

私を大事に思ってくれていることはわかります。


 
私には何も残っていないように見えるかもしれないけど、

怒りや悲しみもあり、

何よりもあなたと喜びを感じあいたいと思っているのです。




「いつだって心は生きているのだから…・」




いかがでしたでしょうか。


前回ご紹介した文献とはまた違った感情が湧いてくるのではないでしょうか。


次回も、この文献を通じて、認知症の人が思っている心の中を探っていきたいと思います。










認知症について⑧

2013.01.13 14:57|特集
皆さん、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか。

今年も年が明けてはや1月中旬になりました。



年が明けて今年最初のブログです。

今年も介護に役立つ情報をブログという形で提供していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

それでは早速今回もトトロ氏に解説してもらいましょう。




皆さん。こんにちは。トトロです。

昨年は、ブログを開設した直後からたくさんの方々に読んでいただいたようで、とてもうれしかったです。

今年も、介護の世界に携わっている方はもちろん、介護に興味のある方、また福祉の業界に就職を予定されている方などにためになる情報をわかりやすく書いていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。



それでは早速本題に入っていきましょう。

前回まで認知症について書いてきました。
また前回は認知症の人の気持ちについて有名文献をご紹介しました。

今回も前回の続きで認知症の方々が普段どう思っているのかを有名文献をご紹介しながら皆さんで考えていきたいと思います。


今回ご紹介する文献は、「ドナルド・ダールステイン奇稿」というものです。
この文献は前回ご紹介した文献よりよりリアルに、認知症の方の気持ちを察することができるのではないでしょうか。




WHAT DO YOU SEE?(本当の私を見てちょうだい)

私を見てちょうだい 看護婦さん、いったいどこを見ているの?

私の何を見ているの?

あんたがたに見える私は、ただの不愉快な顔をした化けた老人でしょうね。

ぼんやりとうつろな目をして、次に何をしたらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろとこぼしながら食べ物を口に運び

「ちゃんと食べて!」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。


看護婦さんのしてくれていることに知らん顔をして

年がら年中、靴や靴下の片方を探している老人でしょうね。


お風呂や食事を嫌がってみても

どうせ他にすることもないからと言って結局は言いなりになる老人でしょうね。

どう、このとうりでしょう?


これがあんたがたに見える私でしょう?


さあ、看護婦さん、よおく目を見開いて私を見てちょうだい。


ここでじっと座って、命令されるままに動き
言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから・・・・


私はね、10歳の時には両親や兄弟の愛に囲まれた子供だった。


嫁盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。


20歳で花嫁となり心弾ませて「この人に一生を捧げます」と違ったのよ。


25には母親となって子供たちのために心安らぐ家庭を築こうとした。


30のころは子供もすくすくと育ち親子は永遠の絆で結ばれていたの。


40になると子供たちは一人前になり巣立っていった。でも私は嘆かない。


愛する夫がそばにいたから


50代は再び赤ん坊に囲まれわが子とともに孫たちの成長を見守ったわ


そして暗い日々がやってくる。


夫が死んでしまったから・・・・



行く末を案じて不安におののいたわ。


子供たちはそれぞれ子育て精一杯だったもの。


そこで思いは過ぎ去った愛の日々に飛んでいった。


もう私は老いてしまった。


時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし
美しさも覇気もどこかに追いやってしまう。


そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。
でもこの枯れかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。


この苦しみに満ちた胸は、今一度過ぎ去った日々を思い出して喜びに弾み
苦しみにふさぐ…・もう一度生き直しているの。


駆け足で通り過ぎていったあっという間の月日を思うと
人生のはかなさをつくふくと思い知らされる。




そうなの、だから看護婦さん、よおく目を開いて私を見てちょうだい。


ここにいるのは、ただの不機嫌なボケた老人ではない。


もっと近くによって、本当の私を見てちょうだい!




いかがでしょうか。皆さんはどうお感じになりましたか?

この文献の私なりの見解については次回に譲りたいと思います。











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Author:トトロ氏
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1968年六月生まれ
倉敷市出身、現在は福岡市在住。
妻(あすか)と娘たち(猫二匹)と暮らしています。
高齢者福祉にたずさわって十六年になります。
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