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パーキンソン病について~エピローグ

2012.07.29 16:07|特集
ようやく梅雨明けしましたね。九州北部豪雨で雨がすごかったので、こちらではほっとしているところです。

さて、今日のお題ですが、いままでパーキンソン病についてお話してきましたが、最終回はエピローグとして
少し枠を広げてお話していこうと思います。

パーキンソン病を発病して16年後、母は結局胃がんで亡くなりました。享年70。
告知を受けた時はすでに末期で1か月持たないかもしれないといわれました。

モニターの映像と母の姿が重ならず、しばし呆然としたのを覚えています。
ただ次にわいた思いはこういうものでした。

「母さんはがんという乗り物で天国に行くんだ。もういたずらに苦しむことはないんだ・・」

先の見えない介護からこれで解放される、という安堵感さえ感じる思いでした。

なんて不謹慎な!と思われた方もいるかもしれません。

よく、葬式のときに、悲しみで大勢の人が泣いているのに、看取った家族は涙さえみせないことに
対して、立腹するという話を聞きますが、今はとてもよく理解できます。

看病や介護に注いだエネルギーが、「死」という病人の「最後の仕事」を見届けることで
昇華してゆくからなのだと思うのです。

病人は病む、ことを通じてたくさんの学びを周囲に与え、周囲はいのちについて相手からとても濃い学びを得る。
その経験がかけがえのない宝として心に刻まれるときに生ずる思いの一つだと思います。

ですから、病人がもうすぐ死ぬというのに、これで楽になるなんて思うなんて自分は不謹慎だ、と自分を後ろめたく思い、責めるのではなく、それは当然湧く思いであります。白黒つけずに、自分の気持ちをあるがまま受け取ることが大事かと思います。


それから、エピローグということで、最後に現在介護や看病をしておられる方へ書きたいと思います。

看病や介護は先がみえないものだとつくづく感じておられるのではないでしょうか。

丁度、真っ暗なトンネルをわずかな光をたよりに、病人を背負って歩いていくような思いの方も多いかと思います。その時間が長ければ長いほど先の見えない苦しみや不安にかられてしまう。

そしてケアが思うようにいかないと自分を責め落ち込む。なかにはふと心中さえ考えてしまうかもしれません。

かつて私もそんな思いでおりました。母がやや早い発症でしたので、その時私は20代半ばでした。

看病が大変になってくると仕事をやめ、介護生活に入りましたが、世間から取り残されていくような不安や孤独にしばしば押しつぶされそうになり、そのたびに病身の母にあたりちらしては、母に泣いて謝る生活の繰り返しでした。そんな自分がいつか母を死に追いやるのではないか・・

そういう恐怖感から自殺未遂まで起こしてしまったのです。
しかし人生とはわからないもので、それが大きな転機となりました。

介護から離され、しばらく心と体のケアをするため療養生活を送ることになり、新しい暮らしの中でツレ(トトロ氏)と出会い結婚しました。そして母は私の結婚を見届けて想定外の一陣の風のごとく旅立ちました。

よく神様は本人が背負えない荷物は背負わせないといわれますが、振り返ると本当にその通りだと思います。
そして母と過ごした密度の濃い体験は、本当にかけがえのない宝物になりました。

どうか後悔のないように介護や看病をなさってください。疲れたら遠慮なく介護サービスなどをつかって
できるだけ休みましょう。そしてまたぼちぼち歩き始めたらいいのです。

介護や看病は負の側面ととらえがちですが、病ということを通じての双方の「いのちの授業」はなにものにもかえられない、「経験」という名のギフトだと思います。

特集第一弾の「パーキンソン病について」はこれでおしまいですが
いかがだったでしょうか。

次回はちょっとしたコラム「あすかの小部屋」をお届けします。




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1968年六月生まれ
倉敷市出身、現在は福岡市在住。
妻(あすか)と娘たち(猫二匹)と暮らしています。
高齢者福祉にたずさわって十六年になります。
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